和歌山育ちの黒毛和牛「紀州和華牛」

2022.06.02

和歌山県湯浅町のとある山の山頂にある牛舎。まさかこんなところに?と思うような山中で、日本が誇る和牛の中でも最高峰の黒毛和牛「紀州和華牛」を飼育しています。優良な県産品に贈られる「プレミア和歌山」で令和2年度の特別賞を受賞しました。

黒毛和牛と聞くと「ああ、霜降りのお肉ね」と、焼肉屋などで食べるとろけるような脂のお肉を想像すると思いますが、紀州和華牛は黒毛和牛でありながら昨今人気の脂身が少なく、ヘルシーな赤身のお肉を味わえます。

紀州和華牛を育てているエコマネジメント株式会社は、なんと本業は廃棄物処理関係のお仕事をされている会社。実は、廃棄物処理と牛の飼育には深い関係があるんです。紀州和華牛の脂の少ない赤身肉のおいしさの秘密について、同社社長であり紀州和華牛協議会理事の阪口宗平さんにお伺いしました。

和歌山県内で肥育された黒毛和牛

紀州和華牛の定義は以下の通りです。

次の①~③のすべてを満たすものを紀州和華牛とする。

① 飼養期間の最も長い場所が和歌山県であり、協議会が指定する飼養方法により肥育した、協議会会員が所有する24ヶ月齢以上の黒毛和種去勢牛及び未経産雌牛から生産された枝肉であること。

② ①の枝肉は、和歌山県で製造された飼料原料を含む飼料を給与した牛から生産されたものであること。

③ ①の枝肉は、公益社団法人日本食肉格付協会による枝肉格付が、A2,A3,A4又はB2,B3,B4のいずれかであること。

(紀州和華牛公式サイトより引用)

現在紀州和華牛を飼育しているのは湯浅町と御坊市だけで、合計300頭ほどいるそうです。

湯浅の牧場では繁殖も行っており、ここで生まれた子牛たちもたくさんいました。まさに和歌山生まれ和歌山育ちの和牛です。

とはいえ最初から大規模な飼育を行っていたわけではありません。牛は基本的に1年に1産のため、少しずつ増やしてここまできたそうです。さらに出荷まで24ヶ月以上かかるため長い年月をかけて大事に育てます。

阪口さんによると、目標は1年に100頭出荷できる体制を整えることだそうです。逆に言えば1年に100頭しか出荷されない紀州和華牛はかなり貴重なお肉といえますね。

県副産物を1割以上利用した飼料で肥育

もう1つの和歌山らしい特徴は、「和歌山県で製造された飼料原料を含む飼料」を使っていることです。和歌山県の特産品であるみかんジュースや湯浅醤油から出る副産物を発酵・乾燥させて作った「エコフィード」という飼料を70%以上与えます。

通常、黒毛和牛の霜降り肉は脂肪交雑(サシ)が多く入っているのがよいとされますが、紀州和華牛はサシの少ない赤身肉を目指しています。エコフィードはビタミンやタンパク質が豊富で、これがサシを抑えるポイントになります。

エコフィードを与えることで

・一般的な霜降り和牛と比較して、ロース芯における筋肉内脂肪含量は平均で約1割減少

・ビタミンEの含量は平均で約1.7倍増加

するそうです(紀州和華牛パンフレットを参照)。

脂っぽくないので食べやすく、「いくらでも食べられる」という声もあるそうです。ビタミンEは抗酸化作用や老化防止、がん予防にも期待されており、女性やお年寄りにも人気です。

ビタミン制限を行わず飼育

通常、霜降りの牛を育てるためにはビタミン給与を制限し、体に脂肪を溜めさせるそうです。しかし、紀州和華牛はそういったビタミン制限は行わず、むしろビタミンやポリフェノールたっぷりのエコフィードをどんどん与え、健康的な牛を育てます。

近年、動物の尊厳を尊重し、できる限りストレスの少ない環境で飼育する「アニマルウェルフェア」という考え方を日本でも耳にすることが多くなりました。ビタミン制限を行わず、必要な栄養を与えて育てた紀州和華牛はまさにアニマルウェルフェアの概念に則っているといえます。

エコフィードの原点は大量の食品廃棄物

紀州和華牛を育てる上で最も重要なエコフィード。エコフィード誕生には廃棄物処理を本業とするエコマネジメントならではのエピソードがありました。

取引先である大手スーパーの食品工場で1日何トンと出るおからはそれまで全て廃棄していましたが、最終処理場で処理しきれないと断られ、途方に暮れることに。

なんとか状況を打開しようと取り掛かったのが、原材料を密閉して乳酸菌で発酵させて保存性を高める「サイレージ」という方法。これなら家畜の飼料にできるという話を聞いたそうです。

おからだけでなくみかん、醤油、茶などの搾りかすなども同じ方法で発酵させ、本格的な飼料づくりが始まりました。しかし、取引のある会社に「これからは飼料作りのために食品残渣(ざんさ)を回収したい」と伝えても、最初は回収する搾りかすにゴミが一緒に入っていて、全て目視で取り除いたり、ゴミを入れないよう何度も頭を下げたそうです。

また、エコマネジメントのエコフィードは天日で乾燥させます。火を使わないので環境にやさしい、まさにエコな飼料なんです。

エコフィードの本来の定義は以下の通りです。

“エコフィード”(ecofeed)とは、 “環境にやさしい”(ecological)や“節約する”(economical)等を意味する“エコ”(eco)と “飼料”を意味する“フィード”(feed)を併せた造語です。

(一般社団法人日本科学飼料協会より引用)

とはいえ廃棄食品などをむやみに与えてよいものではありません。食品循環資源の利用率や栄養成分の把握など、一定の基準を満たしたものだけがエコフィードとして認証されます。

県からの協力依頼もあり、エコマネジメントはエコフィード実証牧場を設け、作った飼料と牛のデータの相関について実証を繰り返しました。阪口さんによると「ちゃんとしたいいものが作れるようになるまで10年かかった」そうです。

「環境は世の中を変えていく」阪口さんの想い

「僕は若い頃から循環型という言葉を目指してずっとやってきた」と、環境や循環型社会への思いを語ってくれた阪口さん。食品加工の過程でどうしても生まれる残渣や廃棄物を無駄にせず新しい用途で活用し、そうやって育った牛を私たち人間が口にする。資源を無駄にせず、社会の中で循環させていく考え方です。

「昔の廃棄物屋のイメージはあまりよくなかった。でもこれから環境は世の中を変えていくんやから、もっとちゃんとした会社にせなあかんと思った。循環型を作ったら世の中に認めてもらえると思って必死でやってきたんです」

SDGsが謳われる現代に「やっと時代が追いつきましたね」と筆者が感想を漏らすと「そうなんよ!」と嬉しそうに笑ってくれました。

読者へのメッセージ

「廃棄物の仕事をしていて人に喜んでもらったり感動してもらったりすることはあまりなかったけど、紀州和華牛をやり始めてからは『面白いことやってるね』『このお肉おいしい』と喜んでもらえることが増えて嬉しいです。思いの込もったお肉なのでぜひ一度食べてみてください。赤身なのにパサパサ感がなくジューシーで、焼肉でもステーキでもしゃぶしゃぶでもおいしいですよ」

廃棄物処理を本業にされているエコマネジメントだからこそ作れる飼料と、大事に育てられた黒毛和牛。和歌山ならではの逸品をぜひ味わってください。

取材・文 小山志織

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