近畿で唯一の「山地周年放牧」をしている黒沢牧場

2022.06.02

標高509メートルの黒沢山の山頂に位置する黒沢牧場。約30ヘクタール(東京ドーム6個分)の草地を牛たちがゆったりと歩く光景は、まさに牛乳のパッケージそのもの。実は近畿で唯一の「山地(やまち)周年放牧」をしている牧場です。

「山地周年放牧」とは、山地で一年中放牧して牛を育てること。平地で放牧、あるいは一定の時間だけ放牧する牧場は他にもありますが、「山地で一年中放牧」は全国的にもめずらしいそうです。

そんな大自然の中で育った牛の乳をたっぷり使った「クラフトアイスクリーム」と「ミルクプリン」のおいしさの秘密に迫ります。

20年ぶりの復刻!「やさしい牛乳」を使った商品

1968(昭和43)年創業の黒沢牧場はその昔、加熱殺菌した生乳を酒の一升瓶に入れて牧場内限定で販売していました。当時は名前やラベルなどはなく、手作り感のある素朴な牛乳でした。

衛生管理の観点から一時販売を取りやめていましたが、「昔のあの味が飲みたい」という多数のリクエストが多く、2016年に20年ぶりに復活しました。牧場内で加工できるよう自社工場と専用販売店を設立し、「やさしい牛乳」と名付けました。

2018年には、県産品ブランドとして認められた「プレミア和歌山」の中でも特に優れた商品に与えられる審査委員特別賞に選ばれました。

牛にやさしい

「やさしい牛乳」には3つのやさしさが込められています。1つ目は「牛にやさしい」こと。近年、ヨーロッパから広がりを見せるanimal welfare(アニマルウェルフェア)という考え方があります。誕生から死を迎えるまでの間、できる限りストレスの少ない健康的な生活を送れるよう、動物のあるべき姿を尊重する考え方です。

黒沢牧場の牛たちは24時間放牧されており、好きな時間に寝て起きて草を食みます。山地を歩くので足腰が丈夫なため、分娩介助も必要ありません。健康な牛から搾る牛乳は濃厚で良質な味になるそうです。

牛1頭あたりに必要な草地は約1ヘクタールと言われています。黒沢牧場では現在約30頭の牛が広い敷地でのびのびと暮らしています。

人にやさしい

「ノンホモ牛乳」という言葉を聞いたことがありますか?なんだかちょっと「いい牛乳」のイメージがありますよね。ノンホモ牛乳とは「ノンホモジナイズ牛乳」の略で、「ホモジナイズされていない牛乳」という意味ですが、では「ホモジナイズ」ってそもそもどういう意味でしょうか?

通常、搾りたての原乳の中にはサイズの違う脂肪球が含まれています。輸送中に揺れると大きい脂肪球が小さい脂肪球を食い、クリームのような層ができてしまいます。これを防ぐために機械で脂肪球を均一化して接点を小さくすることを「ホモジナイズ」といいます。

しかし、均一化された物質は本来不自然なものであり、人間の体内に入ると細胞が攻撃する場合があります。牛乳を飲むとお腹がゆるくなる人がいるのは、細胞が異質なものと戦おうとしているからです。

「やさしい牛乳」は、搾りたての原乳を牧場内で加工するので移動距離がほとんどなく、牛乳本来の味わいを楽しむことができます。牛乳をいただく側の「人へのやさしさ」です。

環境にやさしい

最後に、「環境にやさしい」こと。堆肥となる牛の糞尿は二酸化炭素のガスを出すため環境汚染につながるおそれがあるという指摘がありますが、それは一ヶ所に溜めた糞尿が腐敗していくからです。

広大な草地で牛が自由に草を食み、糞尿が土に還り、雨が降り、育った草をまた牛が食む。そうしたサイクルの中で営む食物連鎖はごく自然なことであり、本来の環境のあるべき姿です。

また、黒沢牧場では敷地で育てた草を自家製で加工し、飼料にしているそうです。山地の資源を無駄にしない、エコな活動ですね。

搾りたての原乳を敷地内で加工

今回特別に搾乳の様子を見せていただきました。毎日6時と15時半に搾乳をします。牛たちは時間になると列をなして敷地内の道を渡り、5頭ずつ搾乳小屋に入っていきます。

温かいタオルで乳房を綺麗にした後、一度手で絞って乳の出を確認します。搾乳機を取り付けると勢いよくポンプを伝い、タンクに溜まっていきます。

こちらが搾乳小屋にある大きなタンク。ここから敷地内の工場に運び、加熱殺菌や加工を行います。

搾りたての原乳が加工されていよいよ「やさしい牛乳」になります。市販の牛乳は「120℃で3秒」といった高温で短時間の加熱殺菌を施すことが多いですが、「やさしい牛乳」は「65℃で30分」の加熱を行います。殺菌効果は同じですが、手間暇かける理由は牛乳と濃厚さと甘さを残すためです。

原乳のほとんどは水分でできており、高温で加熱すると水分が飛んで牛乳くささが出てしまいます。「やさしい牛乳」は低温で、水分が飛ばないギリギリのところで加熱するので牛乳本来の濃厚な味わいが出ます。また、低温だと乳糖が崩れにくいので甘さも出るそうです。

ここがポイント!クラフトアイスクリームとミルクプリン

そんな「やさしい牛乳」をふんだんに使ったクラフトアイスクリームとミルクプリン。本来、牛乳の加工品は2回加熱して製品を作るそうですが、黒沢牧場は移動距離が短い敷地内で作るからこそ1回の加熱で済むそうです。牛乳本来の甘さが出るため砂糖を控えめにできます。

クラフトアイスクリームは、乳化剤や安定剤を使用しない完全無添加なのがうれしいポイント。使用しているのは牛乳と砂糖と卵だけ。上品で優しく、どこかなつかしい味わいです。

ミルクプリンは牛乳そのままのような真っ白な色で、ほのかな甘さとなめらかな口当たりが人気です。のどごしがよく、後味はスッキリ。たっぷりのミルク感を味わえるのが特徴です。

放牧飼育で自然の恵みをたっぷり受けた黒沢牧場の牛乳。敷地内の工場で作る、完全オリジナルの商品です。山地でのびのびと暮らす牛たちに思いを馳せながらクラフトアイスクリームやミルクプリンを味わってみてはいかがでしょうか。

取材・文 小山志織

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